わたしの美術案内

                                  英米文学科教授 森 邦夫

2001年11月にゴンブリッチ(E.H.Gombrich)という美術史家が亡くなった。1909年ウィーン生まれだから長寿を全うしたといってよい。かつて『美術のあゆみ』という書名で、翻訳があったと思う。わたしの手許にはこの原本、第16版 The Story of Art ( Prentice Hall, 1995) がある。この本はわたしにとって最良の美術案内だった。
 20世紀アメリカの詩の研究らしきものを始めたとき、ウォーレス・スティーヴンズとかウィリアム・カーロス・ウィリアムズを読んでいて、いかに彼等が美術に親しんでいるか、また実際に当時の前衛的芸術家と交流をしているかがわかってきて、やがて美術に注意を払う習慣ができた。
ゴンブリッチ氏の本は実は若者向きの美術案内のロングセラーなのだが、例えば近代以降について言えば、印象派の原理から、後期印象派への推移、そしてそこから表現主義、キュビスムへの分岐、そして抽象派への道筋が、明晰な英語で、実に説得力ある文章で語 られている。
 音楽が本来的にコンサートホールで聴かれるべきものであると同様、美術作品も実物を見るのが本来のありようだろう。画集で見て興味をひかれた絵を実際に見てがっかりしたり、逆に画集で見てもさほど興味を覚えなかったのに、実物を見て実におもしろいと思ったりすることがある。わたしの最も好きな美術館はニューヨーク近代美術館(MOMA)だが、そこには19世紀後半から20世紀半ばまでの眼を奪われる傑作が集まっているからだ。そこで初めてジャクスン・ポロック(Jackson Pollock)の絵を見たときの衝撃は忘れられない。画集で見て何も感じ取れなかったのに、実物はいかに運動に富み、激情にあふれているか初めて実感したのだった。これは画集では画面にでたらめに絵の具を塗りたくったかに見えた、"One: No.31, 1950" という作品だ。横5メートル、縦2メートルほどの巨大な画面の前で色彩と線が狂おしく踊っている様を長いこと歩き回りながら見ていたものだった。
しかし、あらゆる作品を美術館巡りをして見る時間と経済力がある人は少ない。そこで画集と優れた案内書が必要になる。ゴンブリッチ氏は版を重ねるごとに内容を見直している。時間の経過と共に過去の評価も変わるからだ。第16版では20世紀イタリアの画家モランディ(Morandi)の記事と図版が加わった。その後、東京都庭園美術館で「モランディ展」があり出かけ、氏の見識を再確認した。淡い色調の、コップや水差し等の組み合わせに過ぎない絵が、静かな瞑想へと見る者を誘う不思議な絵だった。
 ゴンブリッチ氏の新版はもう読めないが、代わりにシスター・ウェンディー・ベケット
(Sister Wendy Beckett)の美術案内を読むのは、悪くはない。あるマチスの絵をとりあげ、フェミニズムの視点から解説したりするおもしろい見方もある。(この翻訳が図書館に入っている。)
 2001年8月末に主に或る美術作品を見る目的で、サンフランシスコに行ったのだが、間抜けなことに事前の情報を正確に調べておかなかったので、目的を果せなかった。しかし幸い美術館内の書店で、シスター・ベケットの本、American Masterpieces(DK Publishing,2000)を発見した。一枚の絵が、A4版の1ページに収められていて、短いコメントがついている。これはアルファベット順に画家を並べた画集なので気まぐれに好きなページを開いてみても構わない。ここにはわたしの好きなアメリカ絵画の一枚、ウィリアムズの詩からヒントを得て描かれたチャールズ・デュマス(Charles Demuth)「ぼくは金色の5という数字を見た」("I saw Figure Five in Gold")も入っている.
 日本人はヨーロッパの絵画には比較的慣れ親しんでいるようで、印象派などの展覧会は混み合う。意外に日本人はアメリカ美術に馴染んでいない。ポップアートだけがアメリカ美術ではない。シスター・ベケットのこの画集を眺めただけでも、おもしろさは伝わる。
 時にこんな本を見るのはどうだろうか。