蔵書印の語るもの
「蔵書印は伝来を証する、いわば書物の履歴書である」(渡辺守邦・島原泰雄編『蔵書印提要』)。蓋し名言、誰の手からどのような道すじをたどって今ここにあるのかを教えてくれるのみならず、印に刻まれた文辞や印泥の選択や押し方のその一つ一つに、かつてこれを愛玩したであろう人の顔までもがあらわれる。横浜ゆかりの岡本閻魔庵用いる印は絵柄おもしろく、容貌はなはだ秀でざりし儒者安井息軒のそれは瀟洒にして雅――御亭主よりは『安井夫人』に描かれたるお佐代さんの風情、むしろ近からむか――、興は尽きない。
さて蔵書印は書物流浪の諸相をも語る。明治維新によって基盤を失った各地の藩校から大量の典籍が放出され、あるいは愛書家の逝去にともなって珍書稀籍が次のあるじのもとへと移動するのは自然の数と言えよう。が、由緒正しき古寺名刹より離れし書物の、わが図書館のみならず世間一般にもすこぶる多きことは、一体どうしたものか。本を読まない、もしくは書物と引きかえにしたわずかな金銭の方をありがたがるお坊さまが一杯いらっしゃることの明々白々な証拠、でなければ幸い。
蔵書印はまた、旧蔵者の息づかいをも生々しく伝える。博識の露伴がいかにも読みふけりそうな類書、『アララギ』の巨人斎藤茂吉の示す有職故実への関心、そして国学の大家本居宣長の手なれの本――実体希薄な電子情報の飛びかう現代こそ、素朴で確かな手ごたえが、学問のためにも人間の真に豊かなくらしのためにも必要ではあるまいか、と妙な理窟を野暮にこねまわすつもりはない。蔵書印が書物の世界の楽しみを深める名脇役であること、それを言えば足りている。
文学部教授 高田信敬 |