第115回貴重書展                     

源 氏 物 語 の 夏

                                
 

期間 平成19年6月12日()〜7月7日()

 鶴見大学図書館1階エントランスホール展示コーナー
 

鶴見大学図書館

 
      
 
 
 
〜ご紹介〜
夏 も ま た

 四季の優劣をあげつらうとき、春と秋をまず引き合いに出すのが万葉のむかしからのならわしです。ご存じの通り、紫の上は春をめで、六条御息所の愛娘は秋を好みました。勅撰集においても、春秋にはそれぞれ2巻を用意しますけれども、夏と冬は1巻で片づけてしまうのが普通です。古今集の場合、春134首・秋145首に対し、夏34首・冬29首ですから、その冷遇ぶりははっきりしています。

 しかしながら、時鳥を高く評価した清少納言が「しのびたるところにありては、夏こそをかしけれ」「夏は、よにしらず暑き」と言っているのは当然として、紫式部もまた、東の釣殿における鮎・いしぶし料理や氷に興ずる若い女房達を印象的に描いていますし、なにより光源氏と藤壷の密会も柏木と女三宮のあやまちも夏に設定されているところを見れば、作者の夏に寄せるなみなみならぬ思いがうかがえるのではないでしょうか。

 さいわい期間中の6月23日、秋山虔先生の講演会が開かれます(日本文学会主催)。平安文学研究の泰斗秋山先生をお迎え出来ますことは、私たちの大きなよろこびです。このご講演が、展示を企画する機縁の一つとなったことは申すまでもありません。

 今回の展示では、当館所蔵の源氏絵・表紙の意匠・古筆切等を中心に季節にふさわしい資料を選び、数多くの読者あるいは書物の作り手あるいは絵師たちが、源氏物語の夏にどうとりくんだかを御覧いただきたく、配列構成しました。流麗な筆の跡や装丁上の工夫などを通して、この世界的古典文学の新しい魅力をあじわっていただきたいと願うものです。

 例によって、当館の古典籍のみでは足りないところは本学教員に出陳を依頼しました。各位のご協力を感謝します。


平成丁亥林鐘中浣  文学部日本文学科教授 高 田 信 敬
(解題は高田が担当しました。読み誤り・記述の不適切等ございましたら、お教えください。)


 
 
 
 
〜展示リスト〜

                 目  録       *=個人蔵

I 夏の源氏絵
1  源氏物語絵巻 伝狩野探幽原図 天保2年(1831)幽遠斎写 巻子本3軸
(参考)絵入源氏物語 慶安3年(1650)跋山本春正刊 袋綴60冊
2  源氏物語絵 空蝉 江戸時代中期写 額装1面
3 源氏物語 明石 奈良絵本 江戸時代前期写 列帖装1冊
4 源氏物語の表紙絵(3種)
   甲:源氏物語 紺地金銀泥下絵升形本 江戸時代前期写
   乙:源氏物語 紺地金泥下絵四半本 江戸時代前期写
   丙:源氏物語 墨色地金銀泥下絵四半本 江戸時代前期写
5  源氏物語歌留多 江戸時代後期制作 塗箱入 108枚組

II 名場面に描かれた夏
6  源氏物語 龍文刷外題升形本 江戸時代前期写 列帖装54冊
(参考)伝花山院師賢筆 源氏物語歌集断簡 松尾切 台紙貼1葉 *
7  源氏物語 夕顔・紅葉賀・賢木 室町時代初期写 列帖装3冊
8  源氏物語 竹屋光忠筆 村井順博士旧蔵 江戸時代中期写 列帖装54冊
9 源氏物語 古活字版 寛永(1624〜1644)中刊 袋綴54冊

V 夏の景物と古注釈
10 原中最秘抄 江戸時代中期写 袋綴1冊
11  紫塵愚抄 巻1 室町時代後期写 袋綴1冊
12 弄花抄 巻1 室町時代後期写 袋綴1冊
13 明星抄 江戸時代前期刊 袋綴5冊
14  岷江入楚 伊達邦宗旧蔵 江戸時代後期写 袋綴20冊
15 源氏歌詞少々 室町時代後期写 袋綴1冊

W 古筆切の夏
16  源氏物語断簡 箒木 伝慶融筆 鎌倉時代後期写 青表紙本 台紙貼1葉 *
17  源氏物語断簡 空蝉 六半切(伝称筆者不明) 鎌倉時代末期写 台紙貼1葉
18 源氏物語断簡 夕顔 伊予切(今川了俊筆) 応永17年(1410)写 台紙貼1葉
(参考)源氏小鏡 小堀鞆音旧蔵 墨流料紙使用零本 江戸時代前期写 巻子本1軸 *
19  源氏物語断簡 螢 鎌倉時代中期写 1葉 *
20  花鳥余情断簡 巻28 伝宗養筆 室町時代後期写 台紙貼1葉

                              紫式部学会 後援

   
 
〜解題〜

I 夏の源氏絵

1 源氏物語絵巻 伝狩野探幽原図 天保2年(1831)幽遠斎写 巻子本3軸

  薄手の楮紙(縦28.6、横約38.0糎)を用い、源氏物語各1巻につき1図描くことを原則として、全54図を3軸に仕立てる。上巻13図・中巻20図・下巻21図、ただし橋姫は2図あり、次の巻椎本の分を欠く。朽葉色無地絹表紙・牙軸は近時のもの。

 上巻冒頭に「源氏五十四帖 探幽」と墨書した汚れの目立つ料紙(幅約5糎)、これはもと端裏書であったものを、巻頭に切り継いだのであろう。さらに1紙(幅約28糎)が続き、「五十四帖/引歌/山路露/系図/爪印上/同中/同下/以上六十帖/探幽法印筆/天保二卯年十月中旬/幽遠斎写」、下巻末にも「天保二卯年十月中旬/幽遠斎写」の奥書がある。これにしたがえば狩野派の巨匠探幽(1602〜1674)の原図を、天保2年(辛卯1831)に幽遠斎が模写したことになるけれども、図柄および上巻冒頭の「五十四帖/引歌/山路露/系図」の記事からは、慶安3年(1650)山本春正刊絵入源氏物語を典拠として考えるべきであろう。軸の外題は貞政少登先生(独立書人団理事長)の揮毫。

 淡い色使いや軽快な描線は、普通に見られる大和絵の濃彩とひと味ちがった情趣を持つ。車争いを描く葵・野の宮の賢木(榊)・ホトトギスが鳴き渡る5月の花散里を展示する。葵・花散里が夏の絵、淡彩が涼しげである。

(参考)絵入源氏物語 慶安3年(1650)跋山本春正刊 袋綴60冊  

 絵を入れ系図や簡便な注釈を付録とした慶安3年(1650)山本春正刊絵入本は、源氏物語出版史上画期的なものであり、後世への影響が甚大。  源氏物語絵巻の原拠と推定される。展示箇所は花散里の挿絵部分。絵巻はこれを左右反転させ、横長に組み変えて再構成したらしい。

 
 
2 源氏物語絵 空蝉 江戸時代中期写 額装1面

 形押し文様の金箔を上下にあしらい雲霞装飾とした、極彩色大和絵(縦57.8、横47.3糎)。金箔散らしの霞は後補か。碁に興じる伊予介の後妻空蝉と継子軒端荻を、光源氏が透き見する有名な場面である。碁盤の左が軒端荻、右が空蝉、手前には袿姿の女房が控える。戸口に光源氏と空蝉の弟小君が立つ。

 元来は屏風であったか。屏風の一部を画帖や軸物に仕立てる例はかなり見られ、掲出資料からはかつての豪華絢爛たるの全体像がしのばれる。なお、絵の全体は典型的な大和絵であるけれども、画中のふすまや屏風の絵が狩野派風の唐絵になっているところ、お見逃しなく。17  源氏物語断簡 空蝉がこの場面の本文を伝える。

 
 
3 源氏物語 明石 奈良絵本 江戸時代前期写 列帖装1冊
  紺地に金銀泥の下絵表紙(縦23.9、横17.7糎)は細密で手のこんだもの。見開き右側は散らし書きとし、変化を持たせている。絵は光源氏と明石の入道の対座するところで、庭の彼方に明石の海が見える。入道のむすめ明石御方の話題が出され、流謫の貴公子は強い関心を示す。本文では琵琶と箏の琴とを入道が持参したと書かれるけれども、絵に描かれたのは琴のみ。掲出本の筆者は他にも種々の奈良絵本本文を写しており、職業的な書き手の可能性もある。なお当館はツレの賢木1冊を蔵する。
 
 
4 源氏物語の表紙絵(甲・乙・丙3種) 江戸時代前期写

 甲は、紺地金銀泥下絵の列帖装升形本(縦16.6、横18.0糎)篝火の表紙、薄雲・竹川と共に3冊存。表紙には巻の内容と対応する絵を掲げる。

 乙は、紺地金泥下絵四半本(縦24.0、横18.0糎)幻の表紙と藤袴の見返し、絵合・松風・梅枝・藤裏葉・夕霧・御法・橋姫・宿木・東屋・手習とあわせ12冊存。おおむね青表紙本系本文だが、手習は河内本の特徴を持つ。表紙絵は各巻の内容に合わせるのではなく、いくつかの型に従ったもの。たとえば藤袴と幻、夕霧と東屋は同一の図柄である。幻の表紙の杜若と、藤袴の闊達な見返し装飾例を示した。

 丙は、墨色地金銀泥下絵四半本(縦25.0、横17.6糎)空蝉・花散里・螢・常夏の表紙。墨色の地であるのと、奈良絵風の素朴な図柄が珍しい。

 甲・乙・丙3種いずれも江戸時代前期の制作である。

5 源氏物語歌留多 江戸時代後期制作 塗箱入 108枚組

  銀覆輪を施した厚紙(縦7.6、横5.1糎)に金揉箔を散らし、源氏物語より各巻1首を抜き出し、和歌の上下句を読札・取札に書き分ける。読札は巻名・上句・巻の景物で構成され、取札は下句の散らし書き。108枚1組を緞子の2帙に収め、銀のコハゼで止める。夕顔の「よりてみばそれかともみめたそがれにほのぼのみゆるはなの夕顔」は、通常初句を「よりてこそ」に作るので、特異な異文である。

 人物をまったく登場させない様式の歌留多で、花・虫・調度品等の図柄が愛らしく描かれる。顔料の落剥や手ずれがほとんどなく、保存良好の美品。夕顔・花散里・螢の絵札と取札を掲出した。 


 

II 軍記と周辺

6 源氏物語 龍文刷外題升形本 江戸時代前期写 列帖装54冊

 斐紙に鱗形・市松・七宝繋ぎ等を薄藍刷りし金銀泥の下絵を施した古雅な表紙(縦15.4、横15.5糎)、中央に金泥雲龍文刷り題簽を押し、定家流の筆跡で巻名を記す。概して表紙より題簽のほうが痛んでおり、表紙を改めたか、古い題簽を襲用したかのいずれかであろう。元来紫とおぼしき綴じ糸も、紺・葡萄茶に変えられた帖が多い。見返しは密に蒔いた銀切箔と金銀泥霞引きの瀟洒なもの。本文料紙斐紙。数人の寄り合い書きで、奥書等を持たないが、若菜下巻末貼り付け紙片に従えば、一条院尊覚の書写。尊覚(1608〜1661)は後陽成天皇皇子、南都一条院門跡となった人物である。尊覚の筆かどうかはともかくも、大略その頃の写本ではある。毎半葉10行15字前後。青表紙本系の本文を持ち、肖柏本・三条西家本に近い。箒木の巻から雨夜の品定めの箇所を開いた。指食いの女のくだりである。(参考)源氏物語歌集断簡 松尾切と対応するところなので、特に和歌の部分を比較されたい。

(参考)伝花山院師賢筆 源氏物語歌集断簡 松尾切 台紙貼1葉 *


 源氏物語に含まれる約800首の和歌は、伊勢物語ほどではないにせよやはり高い評価を得ている。そこで、物語の中から歌を抜き出し歌集として読める、あるいは地の文を要約して詞書としあらすじをも把握できるようにした書物が、早くから作られた。たとえば、伝二条為氏筆の源氏物語歌集は、確かに鎌倉時代までさかのぼりうる作例であったらしい(東京帝国大学国文学研究室蔵、惜しくも関東大震災のおり焼失)。古筆切中に類例もいくつか見られるが、掲出の松尾切は源氏物語歌集断簡のうち最もよく知られた優品である。

 楮紙(縦26.7、横18.8糎)に闊達な筆跡で8行書写、源氏物語箒木より和歌を抜き出し、詠歌事情を簡略に詞書化する。もとは大振りの巻子本であったらしく、小御門神社(千葉県香取郡)には巻物形式の1軸が伝わり、原態の一部をとどめる。伝称筆者は後醍醐天皇に仕えた花山院師賢(1301〜1332)であり、力強く個性的な筆跡は、南北朝のものと見て大過ない。料紙を雁皮、花山院師賢自身の手と考える説もあるが、楮紙を用いており師賢とは別の書き手である。松尾切は現在30枚ほどが知られており、源氏物語前半部の例が多い。花山院師賢の子孫と言われる丹波篠山藩主青山家には僚巻が3巻伝来していたらしく、うち1巻は前掲小御門神社本であるが、残り2巻については消息不明。「尹大納言師賢卿〔琴山〕」の極札が付属し、極札右下の書き入れ「松尾切」は久曽神昇博士の手になる。

 掲出の断簡では、「けふこそはかぎりなめれと、このおよび(指)をかゞ/めてまかでぬ むまのかみ」以下、左馬頭と指食い女のやりとり、浮気な木枯らしの女の歌が続く。

V 夏の景物と古注釈

10 原中最秘抄 江戸時代中期写 袋綴1冊
 砥粉色無地紙表紙(縦26.9、横19.5糎)、右肩に分類票を貼る。斐楮混漉料紙に毎半葉12行22字程度書写。左肩に本文と同筆にて「原中最秘抄」と墨書。渡辺千秋(1843〜1921)・大久保紫香(1864〜1926)旧蔵。

源光行に端を発し、親行以下代々が加筆した水原抄54巻は、河内方を代表する研究成果であり、その秘説をまとめ別冊としたのが原中最秘抄。親行の撰、聖覚・行阿の加筆がある。完本と抄出本の2種に大別され、掲出本は後者。奥書に名の見える耕雲明魏(花山院長親、?〜1429)の抄出である。

 手習の巻「人々すいはんなどやうの物くはせ君にもはすのみやうの物いだしたれば」の注を展示した(右側の丁7行目以下)。夏の終わり、女郎花の咲き始める頃、山里の草庵にふさわしい食べ物(水飯・蓮の実)が出されるところ。

11  紫塵愚抄 巻1 室町時代後期写 袋綴1冊

 後補の雲母引布目紙表紙(縦23.5、横19.8糎)、内外題なし。改装にあたって地およびノドの部分若干を切りつめる。本文は2筆による寄り合い書き。2筆の内奇癖に富む筆跡は、聖護院道増(1497〜1538)の手かと思われ、もしそうであれば紫塵愚抄中最古伝本のひとつといえよう。巻1のみの零本であるのは惜しい。九曜文庫(中野幸一博士)旧蔵。

 源氏物語よる1ツ書きの形式で本文を抜き出し、ごく簡単な注解を付す。伝岩山道堅筆本(弘文荘待賈古書目22)の奥書によれば、長享2年(1488)以前、宗祇の抄出。原型について3冊と4冊の2説、また一条兼良撰と伝える文献もあって、その成立についてはなお問題が残ろう。

 葵の巻、右の丁に「おほよそ人だに今日の物見に大将殿をばあやしき/山がつさへみたてまつらんとすなれ」とある祭の部分を展示した。

 

12 弄花抄 巻1 室町時代後期写 袋綴1冊

 浅葱色無地紙表紙(縦27.7、横20.7糎)左肩に「□□□自桐壺至葵」と墨書、雷文繋ぎ空押しの裏表紙は後補であろう。毎半葉13行字数不定。増補本系統第3類の書陵部7冊本にごく近い。ただし、項目の順序・講釈日数の有無等に差がある。

 弄花抄は、三条西実隆(1455〜1537)が牡丹花肖柏(1442〜1527)より資料を借覧し、改訂増補を繰り返して永正7年(1510)8月に完成させた注釈書。三条西源氏学の基礎をなす。

 右の丁、終わりから3行目「なが雨はれまなき比」に「五月ばかりのなるべし」と注し、雨夜の品定めが始まる箇所を展示。

 

13 明星抄 江戸時代前期刊 袋綴5冊

 香色地に紗綾形文様を空押しした紙表紙(縦28.0、横18.8糎)は相当古いものだが、改装後補か。紅葉賀・花宴・葵以下27巻分存、これを5冊に綴じる。掲出本は最終冊を欠くので刊行年を明らかにしがたい。料紙・刷りともに良好ではある。明暦3年(1657)の刊記を持つ伝本と、無刊記本とがあり、先行するのは無刊記本か。

 撰者三条西公条(1487〜1563)は父実隆の源氏物語講義を聞き書きし、注釈の草稿を繰り返し作成、増補改訂した。それが明星抄である(明星抄の撰者を公条の子実枝とする説もあるが、実枝の注は山下水)。 

 葵の巻、左の丁1行目「まつりの日は」・3行目「かの御車の所あらそひ」の注が見える。11  紫塵愚抄 とほぼ同じ箇所を展示した。

 

14  岷江入楚 伊達邦宗旧蔵 江戸時代後期写 袋綴20冊

  縹色地に金箔を散らし、銀泥霞引を施した絹表紙(縦17.0、横11.8糎)、その中央に金紙題簽を押すが、題号なし。間似合紙に金裂箔を散らした見返し。本文料紙、薄様。毎半葉16行24字程度の細字写本。各冊に「伊達邦宗蔵書」「伊達菊重郎図書之章」。

 旧蔵者伊達邦宗(菊重郎、1870〜1923)は仙台藩主伊達慶邦の7男に生まれ、兄宗基の逝去により、伯爵家を継ぐ。ケンブリッジ大学に経済学を学び、帰国後農業研究施設である養種園を運営。開明的な華族の蔵書中に源氏物語古注釈の優品があったことは、さすがに大藩風雅の伝統である。

 展示は蜻蛉の巻、薫大将が女一宮をかいま見る場面の注。氷に興ずる女房達を活写する本文「ひ(氷)を物ゝふたにおきて」に延喜式以下の文献を引用する。20  花鳥余情断簡もこの部分に対応する。

 

15 源氏歌詞少々 室町時代後期写 袋綴1冊

 紺地に金泥下絵表紙(縦28.6、横22.2糎)と浅葱色地雲母金泥装飾題簽は、江戸時代初期おそらく補写時の製作であろう。扉に「正親町殿実雅〔琴山〕」の極札を押す。正親町殿実雅(1408〜1466)の筆跡とは認められず、それよりやや下った頃の写しか。首3丁・尾1丁は近衛流の能書による補写。

 源氏物語より和歌を抜き出して一書とする伝統は長く、関連資料も多種多様であるが、掲出本は地の文の要約も加え、和歌を2字下げとしてあくまで散文の書物をめざしている(歌書ならば歌を高く書く)。このような傾向の典籍は少なくないけれども、掲出本と一致する伝本はない。注目すべきはその依拠本文で、青表紙本系ではなく河内本・別本、特に後者との親縁性が強い。詳しくは愚文「源氏歌詞少々(解題・翻字)」(古代文学論叢16輯)を参照。

 幻の巻、夏を迎えて花散里が衣更えの用意をし、光源氏と歌をかわす。左の丁4行目「花ちる里の御もとより衣がへの御しやうぞくたてまつり給とて」とあり、続いて光源氏との贈答が掲げられるところを展示した。

V 古筆切の夏

16  源氏物語断簡 箒木 伝慶融筆 鎌倉時代後期写 青表紙本 台紙貼1葉*

 斐楮混漉料紙(縦17.6、横14.8糎)の10行21字程度書写。神田道伴の極札「二条家慶融法眼つらかなる〔養心〕」を付す。伝称筆者慶融は藤原為家(1198〜1275)の息、嘉元元年(1303)までの生存が確かめられる。名物切として有名な近江切(古今集・拾遺集)は慶融の筆跡と認めてよかろう。掲出の断簡も通説では近江切と同筆したがって慶融の書写となるが、両者よく似てはいても別筆と見たい。定家様を基本とする鎌倉時代後期の写しではあろう。

 内容は、所謂雨夜の品定めにおいて左の馬頭が中の品の女性を批評するところ、「さび/しくあばれたらむゝぐらのかどにおもひの/ほかにらうたげならむ人のとぢられたらむ」(3行目〜)は末摘花の巻への皮肉な伏線となる。

 


17
 源氏物語断簡 空蝉 六半切(伝称筆者不明) 鎌倉時代末期写 台紙貼1葉

 斐紙(縦15.5、横15.3糎)に10行17字程度、薄く朱点が残る。本文は青表紙本系であり、朱の句読点は河内本の特徴の一つであるから、青表紙本にこれがあるのは珍しい。空蝉と軒端荻の碁をかいま見た光源氏が、小君の気配を察して戸口へ出てきたところ、  源氏物語絵 空蝉 とほぼ同じ場面である。

 

18 源氏物語断簡 夕顔 伊予切(今川了俊筆) 応永17年(1410)写 台紙貼1葉

 素朴な風合いの楮紙(縦26.7、横8.8糎)に力強い筆跡で3行書写。極札を欠くが、今川了俊(1326〜1414?)の筆跡であり、筆者の判明する古筆切として、また散文の数少ない名物切として評価が高い。他の資料から、応永17年(1410)の書写、朱の句読・濁点も了俊自身で書き入れたと判明する。濁点は横に点が3つ並び、古風な形を伝えている。

 伊予切は夕顔の巻が断簡となっており、他に箒木の1巻(専修大学)と桐壺の1葉(早稲田大学)が知られる。掲出の切は、なにがしの院で夕顔がもののけに取り殺される有名なくだり、光源氏は「なよなよとして」力のない夕顔を抱き起こす。仲秋のことであり今の季節にはふさわしくないが、当該巻は夏から始まるので展示してみた。南園文庫より当館に寄贈の断簡。

(参考)源氏小鏡 小堀鞆音旧蔵 墨流料紙使用零本 江戸時代前期写 巻子本1軸* 

  墨流し斐紙(縦34.4、横約63糎)を6枚継いだ大型巻子本。巻首に「鞆音蔵」の朱印あって、小堀鞆音(1864〜1931)の旧蔵とわかる。鞆音は歴史画の名手であり、考証の参考としてさまざまな古典籍を集めていた。超絶技巧の墨流し料紙におおらかな書風が映え魅力十分の典籍となっているが、残念ながら夕顔・若紫・末摘花のみをとどめる。いずれの巻の分も不完全。

 源氏小鏡は長大な物語の全体を手軽に見渡せるように抄出・摘録した梗概本であり、便利に用いられたせいか伝本の数も種類も非常に多い。掲出本は、古本系の一本と思われるが、独自異文もある。展示は、夕顔の巻の冒頭、六条わたりの忍びありきのくだり。光源氏17才の夏である。

 

 19  源氏物語断簡 螢 鎌倉時代中期写 1葉*

  斐楮混漉料紙(縦16.2、横7.2糎)に雲母を引く。毎半葉12〜14行程度の六半切を分割したもの。古筆了意の極札「坊門局 かし〔琴山〕」を付す。藤原定家(1162〜1241)の姉坊門局と鑑定されるが、別筆。しかし繊細な筆遣いはなるほど女性らしい雰囲気を備えており、鎌倉時代中期の資料ではあろう。青表紙本系の本文。

 掲出の断簡は螢の巻の有名な物語論の一節であり、光源氏は虚構の物語について「これらにこそみちみちしくゝは/しきことあらめ」と玉鬘に語る。

 

20  花鳥余情断簡 巻28 伝宗養筆 室町時代後期写 台紙貼1葉

 もとは袋綴であったかと思われる楮紙大四半切(縦26.1、横18.9糎)、13行書写。極札「連歌師宗養 はちすの〔守村〕」は、古筆別家了任のもの。宗養(1526〜1563)の手に似るが、別筆であろう。花鳥余情の資料としては古いほうである。内容は14  岷江入楚と同じ蜻蛉の巻の注、両者比較されたい。