第116回貴重書展

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       作家の原稿・書簡
       から活字・書籍へ

       

期間  平成19年10月5日(金)〜11月17日(土)
会場  鶴見大学図書館1階エントランスホール展示コーナー

鶴見大学図書館


                   平日 9:00〜20:00  土曜日 9:00〜16:00
                             紫雲祭期間中 9:00〜17:30
                        ※休日は閉館します。ただし、紫雲祭期間中(10月27・28日)は開館します。


鶴見大学図書館は過去に2度、近代作家の生原稿に関する展示をおこなった(第98回「筆触が語る日本近代文学(女性篇)」平成157月、第104回「筆触が語る日本近代文学(男性篇)」平成171月)。今回は、鶴見大学図書館が多数所蔵する近代作家の原稿、書簡の中から精選し、それらが活字となり書籍となった過程を併せて展示することとなった。

私たちは普段活字によって作品や書簡を読んでいるが、創作の現場において、それらが筆やペンという身体の行為によってなされていることを忘れがちである。作家の創造行為は、生原稿の「筆触」によって具体的な様相を知ることができる。しかし一方で、それらが新聞・雑誌等に活字化され、書籍になるという過程において、生な身体性が消されながらも、新しい生命がレイアウト、挿絵、装幀等によって吹き込まれることも確かなことである。

活字は決して無味乾燥なものではない。たとえばフォント、紙質、大きさ、厚み、重量感などによって、活字は雑誌や書籍の中で生きている。その息吹を様々な媒体を通して見比べることで、是非味わっていただきたいと思う。

本学の図書館は、原稿のみならず、初版本等のコレクションも豊富である。この貴重な財産を多くの方々に知っていただきたいと思い、企画をした。近代文学に新たな興味を抱き、理解を深めていただくための一助となれば幸いである。なお、今回の展示期間は長期に及ぶため、会期途中で一部展示替えをする予定である。

文学部教授 片山 倫太郎

トップの画像は、左側:1.夏目漱石 書簡の後半部、右側:5.幸田露伴 自筆原稿『椀久物語』



    展示リスト 

1.夏目漱石 書簡(明治3764日、坪井九馬三宛)

『漱石全集 第22巻』(平成83月、岩波書店)

2.尾崎紅葉 書簡(明治351128日、斎藤松洲宛)

『紅葉全集 第12巻』(平成79月、岩波書店)

3.小金井喜美子 歌稿(与謝野寛、与謝野晶子添削)

『泡沫千首』(昭和156月、非売品)

4.与謝野寛・晶子 書簡(昭和573日、小金井喜美子宛)

『与謝野寛晶子書簡集成 第3巻』(逸見久美編、平成141月、八木書店)

5.幸田露伴 自筆原稿『椀久物語』

初出掲載誌「文芸倶楽部」(明治321月)

『露伴叢書(後編)』(明治429月〈3版、大正43月〉、博文館)

【前期展示資料 期間:10.5()10.28()

6.幸田文 自筆原稿『目』

初出掲載新聞「報知新聞」(昭和2472日夕刊) コピー

「婦人画報」(昭和326月)に「夏の小品」の第二話として再掲 コピー

『番茶菓子』(昭和334月、東京創元社)

7.森茉莉 自筆原稿『甘い蜜の部屋』

初出掲載誌「新潮」(昭和422月)

『甘い蜜の部屋』(昭和508月、新潮社)

限定豪華本『甘い蜜の部屋』(昭和509月、新潮社)

8.佐藤春夫 自筆原稿『魔のもの Folk Tales

初出掲載誌「新小説」(大正114月)

『蝗の大旅行』(大正159月、改造社)〈展示は複製本『日本児童文学館・名著復刻21』昭和46年、ほるぷ出版〉

9.里見ク 自筆原稿『多情仏心』(第188回)

初出掲載新聞「時事新報」(大正12729日) コピー

『多情仏心(後編)』(大正138月、新潮社)

10.川端康成 自筆原稿『東京の人』

初出掲載新聞「北海道新聞」(昭和30811日) コピー

『完結東京の人』(昭和3012月、新潮社)


【後期展示資料 期間:10.29()11.17()

11.与謝野晶子 書簡(昭和7917日、内山英保宛)

『与謝野寛晶子書簡集成 第3巻』(逸見久美編、平成141月、八木書店)

12.与謝野寛 書簡(明治39223日、生田葵山宛)

『与謝野寛晶子書簡集成 第1巻』(逸見久美編、平成1410月、八木書店)

「明星」(明治394月、復刻版)

与謝野晶子『舞姫』(明治391月、如山堂書店)

13.鈴木三重吉 自筆原稿『七面鳥の踊』

初出掲載誌「赤い鳥」(第25号 大正85

『七面鳥の踊』(世界童話集 13編、大正89、春陽堂)

14.北原白秋 自筆原稿『渓流唱』

初出掲載誌「短歌研究」(昭和10. 3) コピー

『溪流唱』(多磨叢書第2編、昭和18.11、靖文社)

「多磨」創刊号(昭和10.6

15.円地文子 自筆原稿『北の新地』

初出掲載誌「太陽」(昭和46.8vol.98

『女人風土記』(昭和47.11、平凡社)



      解題


1.夏目漱石 書簡(明治3764日、坪井九馬三宛)

『漱石全集 第22巻』(平成83月、岩波書店)

夏目漱石 慶応3〜大正518671916)小説家、英文学者。名は金之助。江戸生まれ。東大卒。第五高等学校教授の後、明治33年イギリスに留学。明治36年帰国後、第一高等学校教授および東京帝国大学文科大学講師を兼任。明治40年朝日新聞社に入社。代表作は『吾輩は猫である』(明治3839)『草枕』(明治39)『虞美人草』(明治40)『三四郎』(明治41)『それから』(明治42)『行人』(大正12)『こゝろ』(大正3)『明暗』(大正5)など。

展示書簡は、東京帝国大学講師時代のものであり、学長である坪井九馬三宛に直訴する内容である。従来は明治36年の書簡とされていたが、高田信敬教授の調査により明治37年のものと判明したため、全集を刊行する岩波書店に訂正を申し入れた。高田信敬「研究余滴 帝国大学講師夏目金之助の直訴状(上)―岩波版全集小修正―」(「鶴見日本文学会報」平成199月)に詳しい。文豪のあざやかな墨痕である。

2.尾崎紅葉 書簡(明治351128日、斎藤松洲宛)

『紅葉全集 第12巻』(平成79月、岩波書店)

尾崎紅葉 慶応3〜明治3618671903)小説家。本名は徳太郎。江戸生まれ。明治18年、硯友社を興し、機関誌「我楽多文庫」を創刊した。圧倒的な人気を博して、文壇の長となり、泉鏡花・小栗風葉・柳川春葉・徳田秋声らの逸材を出した。代表作は「二人比丘尼色懺悔」(明治22)「多情多恨」(明治29)「金色夜叉」(明治30〜、未完)など。

展示の書簡は、斎藤松洲(明治3〜昭和9)に宛てたもの。斎藤松洲は、明治30年代から大正半ばにかけて、絵葉書、装幀などで活躍した画家である。晩年の紅葉とは親しい間柄であった。紅葉没後、『紅葉短冊帖』(明治4310月、春陽堂)を編集している。なお、『紅葉全集』所収の翻刻には誤りが認められるため、今回訂正を施した。

3.小金井喜美子 歌稿(与謝野寛、与謝野晶子添削)

『泡沫千首』(昭和156月、非売品)

小金井喜美子 明治3〜昭和3118701956)森鴎外の妹。翻訳・小説・随筆と幅広く活動し、『於母影』(明治22)の訳者の一人として特に知られている。

展示原縞は、自家出版された歌集『泡沫千首』に収録されたもので、朱の文字は、与謝野鉄幹・晶子夫妻の添削の跡(末尾に「寛/晶子/両人拝見」と明記)である。同書には晶子による「序」が付されているが、これによると鴎外の没後(大正11年以後)に喜美子は新詩社に加入した。

4.与謝野寛・晶子 書簡(昭和573日、小金井喜美子宛)

『与謝野寛晶子書簡集成 第3巻』(逸見久美編、平成141月、八木書店)

与謝野寛 明治6〜昭和1018731935)詩人、歌人。号鉄幹。京都生まれ。晶子の夫。落合直文に学び浅香社設立に協力、森鴎外にも師事した。明治32年東京新詩社の創立、翌年「明星」を刊行し、明治浪漫主義の地歩を築いた。この年、晶子との恋愛も始まる。代表作に詩歌集『東西南北』(明治29)『天地玄黄』(明治30)、歌集『相聞』(明治43)などがある。

与謝野晶子 明治11〜昭和1718781942)歌人、随筆家。旧姓(ほう)。堺市生まれ。寛の妻。新詩社に加わり、雑誌「明星」で活躍した。歌集『みだれ髪』(明治34)は、恋愛の自由、支配道徳の否定、肉体美を賞賛する歌が多く、一世を驚倒させた。歌集『舞姫』(明治39)『太陽と薔薇』(大正10)のほか、『源氏物語』の現代語訳を完成させた。

展示書簡は、『与謝野寛晶子書簡集成 第3巻』において昭和9109日のものと認定されている。封筒の消印にしたがった認定だが、しかし、書簡の日付は73日であり、不自然である。「千駄木のまり子様、仙台へ御嫁ギ被成候よし、先日於菟様より承り」とあるが、森鴎外の長女、茉莉が東北帝大医学部教授の佐藤彰と再婚し、仙台に移り住んだのは昭和57月である(翌年離婚)。この書簡は昭和5年のものであり、封筒とは別物であると推定される。なお、於菟は鴎外の長男、茉莉とは異母兄妹である。


5.幸田露伴 自筆原稿『椀久物語』

初出掲載誌「文芸倶楽部」(明治321月)

『露伴叢書(後編)』(明治429月〈3版、大正43月〉、博文館)

幸田露伴 慶応3〜昭和2218671947)。小説家、随筆家、考証家。江戸生まれ。『露団々』(明治22)によって小説家としての活動を開始。代表作は『風流仏』(明治22)『五重塔』(明治24)『風流微塵蔵』(明治2628、未完)など多数。

展示原稿は、『椀久物語』(「其一〜其四」明治321月、「其五〜其七」明治331月、いずれも「文芸倶楽部」)の「其三」冒頭を軸装したものである。流麗な書体で半紙に筆で書かれており、「一々」を除いて全ての漢字には、露伴自身によるルビが付されている。なお、『露伴叢書』は明治356月が初刊であり、展示は再刊本である。高田信敬教授「馬鹿ものどもめが馬鹿ぬかいた」(「鶴見日本文学会報」平86月)、および、鶴見大学図書館報「アゴラ」(平成1511月)に詳細な解説がある。そちらと併せてご覧いただきたい。

6.幸田文 自筆原稿『目』

初出掲載新聞「報知新聞」(昭和2472日夕刊) コピー

「婦人画報」(昭和326月)に「夏の小品」の第二話として再掲 コピー

『番茶菓子』(昭和334月、東京創元社)

幸田文 明治37〜平成219041990)随筆家、小説家。東京生まれ。幸田露伴の娘。昭和22年、雑誌「芸林間歩」が「露伴先生記念号」を特集したとき、父をめぐる生活を内容とした「雑記」を書いた。これが処女作である。小説『流れる』(昭和30)により新潮社文学賞を受賞。他に『黒い裾』(昭和29)『おとうと』(昭和32)など、多数の作品がある。

展示原稿は小品であり、鉛筆で書かれている。「梅雨」「文色」などにルビが振られているが、初出等にそれらは反映されていない。

7.森茉莉 自筆原稿『甘い蜜の部屋』

初出掲載誌「新潮」(昭和422月)

『甘い蜜の部屋』(昭和508月、新潮社)

限定豪華本『甘い蜜の部屋』(昭和509月、新潮社)

森茉莉 明治36〜昭和6219031987)森鴎外、()()の長女。『甘い蜜の部屋』は950枚、3部構成の大作で、泉鏡花賞を受賞した。

展示資料はその第2部「甘い蜜の歓び」の直筆原稿である。書き直しが多く、ルビの振り方にこだわりがある。文芸誌「新潮」掲載の後、新潮社から刊行された。限定豪華版とともに、芥川賞作家でもある画家の池田満寿夫の装幀である。

8.佐藤春夫 自筆原稿『魔のもの Folk Tales

初出掲載誌「新小説」(大正114月)

『蝗の大旅行』(大正159月、改造社)〈展示は複製本『日本児童文学館・名著復刻21』昭和46年、ほるぷ出版〉

佐藤春夫 明治25〜昭和3918921964)詩人、小説家、評論家。和歌山県生まれ。『西班牙坂の家』(大正6)『田園の憂鬱』(大正8)など散文作品によって小説家として活躍しつつも、一方で、処女詩集『殉情詩集』(大正10)によって詩壇にも確固たる位置を占めた。詩・小説・評論・戯曲など文芸のあらゆる面で、佐藤春夫はその多彩な才能を発揮した。

展示原稿はコント風の小品であり、年若い読者にも楽しむことのできる児童文学としての一面を持っている。装幀と扉画は芥川賞作家の富沢有為男、挿画は島田訥郎によるもの。ほるぷ出版から、『日本児童文学館・名著復刻21』として復刊された。

9.里見ク 自筆原稿『多情仏心』(第188回)

初出掲載新聞「時事新報」(大正12729日) コピー

『多情仏心(後編)』(大正138月、新潮社)

里見ク 明治21〜昭和5818881983)小説家。横浜生まれ。作家有島武郎、画家有島生馬の弟。学習院高等科時代に志賀直哉と親しくなり、明治四十三年「白樺」の創刊に参加した。代表作に『善心悪心』(大正5)『安城家の兄弟』(昭和25)『極楽とんぼ』(昭和36)などがあるが、もっとも著名なのは独自の「まごころ哲学」を説く『多情仏心』である。『多情仏心』は「時事新報」に大正11.12.2612.12.31にわたって、290回連載。

展示原稿は、第188回「不動堂」十四章である。連載小説らしく、書き慣れた筆致というところであろう。新聞連載で挿絵を担当した日本画家の小村雪岱は、美人画や版画の他に舞台美術や本の装丁で活躍し、泉鏡花『日本橋』『鏡花選集』などの装丁を手がけたことで有名である。展示の『多情仏心』(大正13年、新潮社)も小村雪岱の装幀である。

10.川端康成 自筆原稿『東京の人』

初出掲載新聞「北海道新聞」(昭和30811日) コピー

『完結東京の人』(昭和3012月、新潮社)

川端康成 明治32〜昭和4718991972)小説家。大阪生まれ。東大文学部に入学後、第六次「新思潮」を刊行し、その第2号に載せた『招魂祭一景』で文壇の注目を引いた。代表作に『伊豆の踊子』(大正15)『雪国』(昭和1022)『山の音』(昭和2429)など。昭和43年ノーベル文学賞を受賞。

展示原稿は、川端の作品中で最も長い『東京の人』の一部である。昭和29520日から昭和301010日まで、「北海道新聞」「中部日本新聞」「「西日本新聞」に連載され、『東京の人』『続東京の人』『続々東京の人』『完結東京の人』(それぞれ昭和301月、5月、10月、12月、新潮社)として順次刊行された。原稿における訂正の仕方は独特である。女体の描写をひと言ずつ、試行錯誤しながら書き付けていく様子がうかがえる。

11.与謝野晶子 書簡(昭和7917日、内山英保宛)

『与謝野寛晶子書簡集成 第3巻』(逸見久美編、平成141月、八木書店)

 与謝野晶子53歳の時の書簡である。寛、晶子を師として歌を学んだ内山英保の越山荘は、寛によって冬柏山房と命名され、しばしば歌会が催されたようである(神奈川近代文学館編「神奈川文学年表」他)。書簡には、晶子の体調の思わしくない様子がうかがえる。鳥の巣の絵は添えられた短歌と一対のものであり、巣の空であることがポイントであろう。〈雲に帰らん時の近づく〉からは、心細い心境がうかがわれる。か細い筆様にもそうした心境が表れているように見える。

12.与謝野寛 書簡(明治39223日、生田葵山宛)

『与謝野寛晶子書簡集成 第1巻』(逸見久美編、平成1410月、八木書店)

「明星」(明治394月、復刻版)

与謝野晶子『舞姫』(明治391月、如山堂書店)

 生田(いくた)葵山(きざん) 明治9〜昭和2018761945)小説家。別号(あおい)。京都生まれ。東洋英学塾卒。巌谷(いわや)小波(さざなみ)の門下生となり、『団扇(うちは)太鼓』(明治32年)において注目され、主に明治30年代に活躍した。西洋文学の影響の下、耽美的な作風で知られた。代表作『和蘭(おらんだ)(ざら)』(明治37年)。

 展示書簡は、生田葵山に「明星」4月号の寄稿を依頼しつつ、同時に、与謝野寛周辺の近況を詳しく語っている点が興味深い。寛自身は病症にありながらも、「明星」4月号を〈春季増刊の大冊〉とすることを企図し、夏目漱石や森鴎外などへ依頼する旨が記されている。実際に依頼されたかどうかは不明だが、4月号に掲載はない。漱石はその後も「明星」に寄稿していない。葵山の掲載も見あたらないが、執筆が遅れたようであり、翌5月号と7月号に小説『夜の雲』を連載した。なお、直前に刊行された晶子の第5歌集『舞姫』に対する謝辞も見える。

13.鈴木三重吉 自筆原稿『七面鳥の踊』

初出掲載誌「赤い鳥」(第25号 大正85

『七面鳥の踊』(世界童話集 13編、大正89、春陽堂)

鈴木三重吉 明治15〜昭和1118821936)小説家、童話作家。広島県生まれ。東京大学英文科卒。漱石門下で『千鳥』(明治39)『千代紙』(明治40)などにより新進作家として出発し代表作『桑の実』(大正3)を刊行するが、大正5年童話集『湖水の女』を出版する頃から童話作家に転身した。大正77月、童話と童謡の雑誌「赤い鳥」を創刊し、芥川龍之介、菊池寛、北原白秋、野口雨情などの寄稿を得て、編集者としての力量も発揮する。その後も終生、童話創作と童話・童謡作家の育成につとめた。

『七面鳥の踊』は北米原住民に伝わる民話を再話したもので、10行×23字詰の赤い鳥社製原稿用紙にインクで書かれている。 この原稿用紙は2段組5号活字で印刷される《童話》欄に合わせて作られたものと思われる。なお、装画を担当している清水良雄は、「赤い鳥」の創刊号から挿絵を描いている。『世界童話集』(春陽堂)は大正64月の『黄金鳥』に始まり、大正15年まで全21編が刊行された。

14.北原白秋 自筆原稿『渓流唱』

初出掲載誌「短歌研究」(昭和10. 3) コピー

『溪流唱』(多磨叢書第2編、昭和18.11、靖文社)

「多磨」創刊号(昭和10.6

 北原白秋 明治18〜昭和1718851942)詩人、歌人。福岡県生まれ。早稲田大学英文科予科中退。明治39年、与謝野寛の招きで新詩社に加入し、「明星」誌上に抒情小曲を載せるが、その後新詩社を脱退し、木下杢太郎等と「パンの会」を起こした。明治42年第一詩集『邪宗門』を刊行し、南蛮趣味の溢れる詩情により、詩壇に確固たる位置を占めた。その後、 大正2年に第一歌集『桐の花』を上梓し、その斬新な浪漫的短歌は世を驚かした。鈴木三重吉の「赤い鳥」が創刊に際しては童謡部門を担当し、創作童謡を数多く発表、童謡とのかかわりも深めた。

 展示原稿中の6首は、雑誌「短歌研究」所載の短歌から抜粋されたものである。これらの歌は昭和101月の伊豆湯ヶ島温泉落合楼滞在中に詠まれたものであり、白秋はこれを多磨歌風の先声としている。短歌雑誌「多磨」は多磨短歌会から昭和106月に創刊された。展示は、創刊号における多磨歌風の「宣言」である。第四次象徴運動として注目を浴びたこの雑誌は、木俣修、宮柊二などの多くの歌人を生んだ。なお、『溪流唱』(多磨叢書第2編、昭和18.11、靖文社)は白秋の没後一周忌に刊行された。白秋はこの上梓を強く願って、作品の整理、増訂等に従っていたが、生前には叶わなかった。

15.円地文子 自筆原稿『北の新地』

初出掲載誌「太陽」(昭和46.8vol.98

『女人風土記』(昭和47.11、平凡社)

円地文子 明治38〜昭和61190586)小説家、劇作家。東京生まれ。本名富美。国語学者上田万年の次女。日本女子大附属高等女学校中退。初め『晩春騒夜』(昭和3)などの戯曲を書いたが、その後小説に転じた。『ひもじい月日』(昭和28)で女流文学賞を受賞。代表作に『女坂』(昭和2432、野間文芸賞受賞)、『朱を奪うもの』(昭和3031)、『傷ある翼』(昭和35)、『虹と修羅』(昭和4042、谷崎潤一郎賞受賞)、『なまみこ物語』(昭和3440、女流文学賞受賞)、『遊魂』(昭和45、日本文学大賞受賞)などがある。女性の官能世界、夢幻的世界を描く一方で、古典文学の造詣が深く、『円地文子訳源氏物語』10巻(昭和4748)を刊行した。

展示原稿『北の新地』は、「女人風土記」の総題で「太陽」誌上に15回にわたって連載されたものの一篇であり、大阪を舞台とした男女(特に女性)の物語について綴ったエッセーである。朱で原稿を整理しているのは編集者であろうが、旧かな遣いをすべて直すだけでなく、漢字等を徹底して楷書にしているのは、植字する者への配慮であろうか。作家と出版社との間には隔世の感があり、興味深い。