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卒業記念展示:源氏物語扇面貼交屏風 2006年3月24日
 
源氏物語扇面貼交屏風(6曲1双)

 濃彩の細やかな源氏絵と金銀泥芦手風下絵の詞書各15面、金揉箔散らし地の余白には立蔀が描かれ、屏風に気品と奥行きとを添えています。

 まず見ていただきたいのは、扇として使われたものを貼り込んでいること。源氏絵屏風の作例はけっして少ないものではありませんし、扇面型源氏絵もめずらしくはないでしょう。しかし、実際に用いられた扇が残ることは非常に稀なのです。さらに、とても興味深いその制作事情。左隻の由緒その他の資料をつきあわせますと、おおよそ次のようなことがわかります。

 江戸時代中期の宮廷に、中将内侍あるいは中将局と呼ばれた女房がおりました。実名は春子。家禄150石、陰陽道を専らとする安倍泰章(1687〜1754)のむすめですから、あまり高い家柄の出ではありません。しかし英邁な君主として知られる霊元天皇(1654?〜1732)に愛され、男宮を生みます。この宮は、後に実相院門跡となり峯宮とも顕明院宮とも呼ばれましたが、正徳3年(1713)わずか5才で亡くなっています。中将内侍は、おそらく霊元天皇が上皇となってからお側に仕えたのでしょう。多分親子ほど年齢の差があったと思われます。天皇は、出自の低い寵愛の女房に毎年源氏絵の扇を賜り、彼女の弱い地位の支えとしたようです。その扇こそ、私たちが今目にしているものにほかなりません。時期・場所・下命者など制作事情が具体的にわかる源氏絵屏風は、まったく希有の例なのです。

 享保17年霊元天皇が崩御されますと、中将内侍春子は出家して尼となり、思い出の扇を甥(号、布丹)に譲ります。布丹はさらにわがむすめへ贈ろうとして、散佚を恐れ屏風に仕立てました。こうして300年近い時間を超え、江戸時代宮廷の文華が確かに伝えられることとなったのです。

[げんじ ものがたり せんめん はりまぜ びょうぶ  文化元年(1804)制作]


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